2006年10月12日

共同売店FAQ

共同売店というのは、知らない人に説明するのがすごく難しいです。
県外に人に対しては特にそうです。見たことはあっても、普通の商店との違いを知っている人は少ないですし、沖縄県内でも30〜40代以下の世代、中南部の人などは知らない人が多いです。

ということで、私がよく受ける質問を中心にまとめてみました。
ちなみにFAQとは、Frequently Asked Questions(よくある質問)という意味です。

随時、追加、訂正していきます。
最新の情報、間違いなどありましたらご連絡ください。
また、質問がありましたらお気軽にどうぞ。

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Q.共同店(共同売店)はどこにありますか?
A.沖縄本島北部を中心に、中部、離島、奄美の一部に残っています。

Q.共同店(共同売店)とはなんですか?
A.地域住民の共同出資・共同運営による、購買などを主な目的として設立された相互扶助組織です。

Q.ふつうの商店ではないのですか?
A.ぜんぜん違います。

Q.いつできたのですか?
A.1906年(明治39年)に沖縄本島の北端に近い奥という集落で設立された「奥共同店」が最初で、100年以上の歴史があります。

Q.誰が運営しているのですか?
A.「村」よりも小さな「字(あざ)、小字、区」ごとに、地域の代表によって、それぞれ自立した運営が行われています。

Q.それぞれの売店の関係は?
A.チェーン店やフランチャイズ、ではありません。奥共同店の設立の影響を受けて設立されてきたものですが、組織としてはそれぞれ独立した存在なので、直接の関係や横のつながりはありません。
ただ大宜味村内の共同売店は共同売店の組合を作っていて、多少の情報交換はしているそうです。

Q.県や各市町村との関係は?
A.それぞれが地域ごとに設立されたものなので、県や市町村とは関係がありません。所轄の部署もありませんし、もちろん資金的な補助や援助や優遇もありません。単なる商店の扱いしか受けていません。県や市町村は特にデータも持ってないようです(持ってたら私も欲しいです)。
※歴史的に見ると、明治から大正期の「産業組合」「信用購買組合」、戦時中の「農業会」、戦後の農協など、国や県からの指導で組織変更、編入を強いられたこともあります。

Q.「共同店」と「共同売店」とは一緒ですか?
A.一緒です。最初にできた「奥共同店」は「共同店」で、国頭村内はほとんどが「共同店」です。しかし大宜味村は「共同売店」がほとんどです。全体としては「共同売店」が多いです。他にも「協同店」「販売店」「協同組合」「購買店」があり、地域色豊かです。最近は「スーパー」と名乗っていることもあります。ただし、「商店」と名乗ることはありません。
ちなみに私は一般的な呼称は「共同売店」にしています。理由は、大宜味村がそうだから。

Q.いくつくらいあったのですか?
A.1980年代の沖縄国際大学の調査では約120店あったと言われていますが、運営形態が様々で定義が難しいため、奄美地域など含めると200店近くあったと私は思っています。

Q.いつごろまで設立されたのですか?
A.大正中頃に本島北部各地で設立されてました。その後、中部、離島地域でも太平洋戦争後の1940年代から60年代にかけ設立されているようです。

Q.現在はいくつあるのですか?
A.運営形態も様々なので一概に言えませんが、60〜70店ほどだと思われます。

Q.沖縄本島の南部、那覇周辺にはなかったのですか?
A.南部地域では、南風原町兼城、旧具志頭村具志頭など7店あったようです。(1983年刊「沖縄歴史地図、歴史編」)。那覇にあったという記録はありません。共同売店の立地条件を考えると那覇にはなかったと思います。

Q.沖縄以外には共同売店はないのですか?
A.共同売店は沖縄で誕生した、沖縄オリジナルのもので、独特の歴史と組織をもった存在です。それとほぼ同じと言えるものは、奄美の「地域商店」くらいです。
ただ、その他にも似たような組織はある(あった)かもしれません。また近年、全国の各地(主として過疎地)で住民出資による商店が設立される例が増えているようです。広い意味ではそれも「共同売店」だと思いますし、私個人としては、ぜひ応援していきたいと思っています。



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